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急性前骨髄球性白血病(APL・M3) 再発の闘病記録

day607 骨髄検査の結果など色々

移植をしてから600日を超えました。 一年半無事に寛解を維持しております。

前回2018年4月11日に婦人科を受診してからいろんな事がありました。

まず、4月17日に自転車で転び利き腕を打撲 2週間包丁が持てず大変苦労しました。 1週間しても痛みがひどかったので、万が一骨にヒビがい入っていたら困ると思い整形外科を受診。 骨に異常はなく湿布と痛み止めを飲んで過ごすことに。 しばらく力をかけると痛かったのですが、1ヶ月もするといつの間にか治っていました。

4月24日 女性ホルモン補充治療開始

前回婦人科を受診したときに調べてもらった血液検査の結果、やはり女性ホルモンが全く出ていないことがわかりました。

卵胞ホルモン(エストロゲン)と黄体ホルモン(プロゲステロン)の分泌が全くないので この二つを補充しています。 通常、閉経を迎えるのは50歳前後。私は40歳。 10年早いです。

主立った更年期障害がないので特に困ったことはありませんが、 将来的な事を考えると、やはり閉経を迎えるのは早すぎる。 10年早く閉経を迎えると言うことは、通常の10年早くコレステロールが上昇したり、骨がもろくなり始めるということです。

ホルモンを薬で補充すると言うことは自然なことではないように思えますが、 それでも女性ホルモンが10年早く出なくなると言う事も不自然なのです。

実際にコレステロール値が高くなりすぎて現在投薬によってコレステロールを下げています。

飲んで体の中からホルモンを補充する方法と、肌から補充する方法があります。 私は合成黄体ホルモンを飲み薬で、合成卵胞ホルモンを塗り薬で補充しています。

毎日朝1錠飲み薬を飲み、風呂上がりにジェルを腕に塗ります。 これを通常の閉経を迎える50歳まで続けます。 最初は10年かぁと思っていましたが、飲み薬も塗り薬もそれほど苦にはなりませんでした。 無理なく続けられています。

どのくらいの量を補充するかは人によって違うらしく、その量を決めるのに結構時間がかかる人もいるらしいのですが、 私は一度でちょうどよい量に決められたようです。

5月8日 左耳の閉塞感出る

朝起きると左耳が詰まった感じ。 トンネルや飛行機に乗ったときのような耳の閉塞感が出ました。 換気扇や加湿器などの低い音が耳に響きつらい。

一度耳鼻科に行ったのですが、鼻炎も同時期に出ていたのでそちらからの症状かもしれないしと 少し様子を見ることになりました。

その数日後の夕食後に急に強いめまいが発生。 めまい専門の病院に通い検査の結果「メニエール病のような症状が出ている」と言われました。 耳の閉塞感もそのようでした。 プレドニンを処方され1週間程度で閉塞感がずいぶんとよくなりました。 昨日も通院し、1ヶ月後に再度検査です。

実はこの症状、再発する直前にもあった症状なのです。

5月18日に骨髄検査を控えており、不安で情緒不安定だったところに 再発時と同じ症状が出て不安が一気にピークに達しました。

結局我慢できずに移植前の病院で言って先生に頼み込み採血検査をしてもらうことに。 事情を説明し血液の状態を見せてもらいました。 結果は問題なし。 何なら前回よりも数値は上がっていました。

ここで再発の不安は少しなくなりました。 遺伝子レベルで再発している可能性はなくはないが、少なくとも再発して症状が進んでいる状態ではないとわかったからです。

耳の閉塞感はストレスが原因とも言われているので、おそらく骨髄検査への不安が今回の閉塞を起こしたのだと思います。 再発前も仕事の事でストレスが最高潮だったので、前回もストレスが原因だとわかっていました。

ちなみに、耳の閉塞感と白血病は関係性はありません。

5月18日 骨髄検査

半年ぶりの骨髄検査。 血液検査の結果はすこぶる好調。 さらに数値がアップしていました。 先生の話では「女性ホルモンの補充などをして体が本来の状態に戻ってきたこともいい方向に進んでいるのかもね」と言ってくれました。

骨髄検査は相変わらず緊張する。 ブワッと汗が出る感じ。 痛みは入院中に比べてずいぶんと無くなっています。 入院中の骨髄検査は痛かった。なぜだろう?

入院中は比較的若い先生が対応するけど、今はベテランの主治医がやってくれているからかな? 骨髄の状態がよいと痛くないって話も聞いたことがある。 なんにせよ。よいことです。

2週間まってから結果を聞きに行きました。

遺伝子レベルでの寛解を維持しておりました。 一気に笑顔になる瞬間。 ほーっと大きなため息が出ます。

少なくとも2,3ヶ月は健康でいられる可能性が高い。と毎回思う。

今年の夏も楽しめそうです。 10月で2年経過。 年末には3年目に突入。 5年まではまだ折り返し地点。 なにとぞ健康で元気に寛解を維持し続けられますように。

そう願うしかないのです。